ツーといえばカー

暑くなると、スーツの上着は職場に置きっぱなし。
その上着に合うズボンを毎朝はいていくわけだが…

今朝、出勤前、はくべきグレーのズボンが見あたらない。

2階にいた妻に「クリーニングからまだ戻ってないの?」と聞くと、

「ちゃんと吊ってあるでしょ!」と、ハンガーに掛けたズボンを
持って降りてきた。

電車に乗り遅れないようにと、慌てて身支度を済ませ出勤。

昼になって上着を手に取ると…グレーはグレーでもぜんぜん
色の濃さが違う。

「なんじゃこれは!」と妻に抗議のメール

    ズボンがスーツのとちゃう(ちがう)で。
  上着着たらツートンカラーの
    「いつかはクラウン」みたいになってしもた!

間髪入れず妻から返信メール

  すご~い!
     めちゃカッコえ~!

ブランドとは

「京都ブランド」が流行だそうである。
かなり前から、百貨店の食品イベントでは、「京都展」が「北海道展」と並ん
で集客力があるそうで、大手の各百貨店のイベント担当者が、発掘されて
いない京都の食品ブランド探しに熱心だと聞いた。

伊右衛門」(福寿園+サントリー)が大ヒットしたように、お茶の世界では、
とりわけ「京都」が大ブランドとなっている。

つい最近も、
辻利」(辻利+JT)が販売されたり、10月には綾鷹(あやたか)」
(上林春松本店+コカコーラ)が販売されるなど、いずれも大企業と京都の
老舗茶舗のコラボで大々的に売り出される。

いずれの茶舗も、我が家には身近な存在なのでみんな応援したいものだ。

ところで、消費者というのは、誰もが「ブランド」に弱いものだ。
お茶にしても、各老舗の名前は、地元の人以外聞いたこともないであろう
が、「京都」の老舗だから「きっとおいしいだろう」と信用してしまう。
大企業もそこが狙い目で、全国販売に備え、通常ならとても不可能な原料
の大量かつ安定確保に苦心惨憺だったに違いない。

ブランドに対して、消費者は品質や価格やアフターサービスなどあらゆる面
で、「安心感」を求める。
だから、消費者は、ブランド商品を買う時に、「商品」と一緒に「安心感」、
それに(特に多くの日本人にとっては)「優越感」も価格に上乗せしてお金を
払う。

バブル期の頃から「新興ブランド」などという「紛(まが)いモノ」が台頭して
きた。
そのほとんどが、単にトレンドに迎合したデザインに、意味もなく値段を高く
設定するだけで、勝手に「ブランド」の名を語る「偽物ブランド」である。
マスコミも「ブランド」と名が付けば注目されるので安易に取り上げる傾向
がある。

通常、我々が「ブランド」という言葉を使う時には、単なる「商標」や「銘柄」
を表すだけではなく、
 「会社・商品・サービスなどについて,他と明確に差別化できる 
  個性(イメージ・信頼感・高級感など)。経営・販売上の戦略と
  して構築・管理」(三省堂「デイリー 新語辞典」)
されるものを意味するが、日本人の場合には、それ以上にいわゆる
  老舗のもつ信用力=「暖簾(のれん)」
の意味を付加して捉えていることが多いのではないか。

それは、日本人が「ブランド」と聞いて最初にイメージするのが、
  ルイ・ヴィトン
  や
  シャネル
 

 ロレックス

などの海外の信用(=暖簾と言っていいと思う)ある「老舗」だからであると思う。
(本当にそうなのかどうかは知らない。詳しいことは専門家に委ねたい。)

  有名ブランドの中にも、「ブランド」の上に胡座(あぐら)をかき、大量生産
  
するために品質を犠牲にしているものや、ほとんど品質管理を行わずに
  高いライセンス料を取りって他企業につくらせ、自社のブランド力の低下
  に目を背けて短期的な利益を追求する企業がある。
  ~娘の幼稚園が採用している制服のブランドがそうである~
  何れ化けの皮がはげる日がやって来るであろうことを確信する。

それでは、「ブランド」と、老舗の持つ「暖簾(のれん)」の違いは何か。

立命館大学の服部利幸教授によれば、
「ブランド」は、「企業が戦略的に仕掛けていくことができる」
ものであるのに対し、
「暖簾(のれん)」は、
  「積み重ねてきた信用」
  「短期間で形成されるものでも意図してできるものでもない」
ものである。

お茶の話に戻るが、サントリーやコカコーラやJTなど蒼々たる大企業が、日本
における「ブランド」の意味を理解し、京都の本物の老舗をパートナーに選んで
くれたことは地元の住人としてもほんとうにうれしいことだ。

男はなぜネクタイをするのか

わたしは「ネクタイ」が嫌いである。

なぜ男はネクタイを締めるのか。その起源は諸説あるらしい。
とにかく、わたしは仕方なくネクタイをしている。タイピンはしない。
だから、食事やトイレに行く時は、ネクタイの先を丸めて胸のポケットに
押し込んで前に垂れてこないようにしなければならない。

以前、おろしたての新品のネクタイをしていた時のこと。
セルフサービスの社員食堂でカレーライスをトレーにのせ、満席に近い
食堂の中でようやく席を見つけてトレーをテーブルに置いた。
テーブル中央にあったティッシュペーパーを取ろうと前かがみになった途端、
ネクタイが胸ポケットからポロリとカレーのお皿の上へ。
前の席で、日替定食を食べていた社員の視線が一瞬その光景を捉えたかに見えた。
が、しかし、すぐに何も気づかなかったのようにもくもくと食べ続けた。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。

その日の午後、私の近くの席の女性社員が「なんかカレーのにおいがしない?」
と何度もつぶやいていたのを覚えている。

かくいうわたしも、自分でネクタイを買いに行く。
スーパーで五百円か、ちょっとはり込んで百貨店で千円のワゴンで探す。
まずは、ワゴンの中から候補の5~6本を選ぶ。
好みのものは決まっているので微妙に柄の異なる似たようなものが集められる。
その中に偶然同じものが2本含まれていたら、それは「買い」である。
時にはどうしても選ぶことができず、1時間粘ったあげくに買わずに帰ることもある。

嫌いだといいながら、こだわるには理由がある。仕方ない理由である。
世界中の男たちが、この「無用の長物」を、「当たり前」のようにからだの
真ん中でぶらぶらさせているには、本能的な理由があるのだ。

それは、ネクタイは男の「シンボル」だからである。

多くの男は、意識しているか、無意識かは別として、
自分のモノについて、ある種共通の「不安」を持っている。
自分のモノが普通か、それ以上であってほしいと密かに願っている。
それは決して公然とは口に出すことができない「エス」である。

要するに、男たちは「シンボル」たる「ネクタイ」の形、長さ、大きさを
「普遍化」し、それをみんなが一緒に付けることによって、
自分たちが持つ「不安」から解放されようとしているのである。
それは、口にしてはいけない「暗黙の了解」である。

ここまできたら、ついでに言っておく。
これは断言する。
ネクタイにタイピンを付けるのは邪道である。
それは、・・・にピアスを付けるようなものなのだ。

高級ブランド品店(内的自己と外的自己)

わたしは、高級ブランド品店が苦手である。
値段も敷居もバカ高い。

妻が新しい財布が欲しいと言う。
10年以上使っていた財布の金具の部分が壊れてきたらしい。
十分使ったのだから仕方なかろう。
「ちょっと高いけどいい?」と言っていたのが気にかかる。
わたしとしては、財布に何万円も出すより、財布にそれだけのお金を
いつも入れておきたいと思う。
とにかく、2~3万円は覚悟して、妻と4歳の娘を連れて百貨店へ出かけた。

百貨店の中に、もう一つお店が建てられているような威厳のある店構え。
大きくLとVを重ねた品のいいロゴマークが見える。
そのブランド品を身につける者に対しては、その権威と品格を付与するに
相応しい門構えであり、庶民に対しては、「本当に買うんだろうな」という
威嚇の砦である。

靴を履いたまま入ってもいいのだろうか。
幼児は連れて入っていいのだろうか。
入場は無料のようだ。

商品はガラスのショーケースに入れられ、値札は見えない。
物見遊山の庶民は、店に入れるだけで満足しなければならない。
買う気のある者だけに、店員との会話が許される。

妻 :(ショーケースを見ながら)「どう?」

どうもこうもない。わたしが見たいのは商品ではなく、値札である。

いきなり、妻がブルーの財布を指さして、
店員に「これ見せてもらえますか?」と聞く。
ふと脳裏に「確か英語では Please show me this one. だったかな?」
と浮かぶ。
ここは日本である。海外で買い物をするときの緊張感が走る。

店員:「はい。少々お待ちください。」

妻がそれを手に取る。
店員が説明をはじめる。デザイン、機能、耐久性・・・

そんな説明はどうでもよい。
説明など、妻が夫を説得する口実に過ぎない。
説明が終わる前に値札を確認し、場合によっては妻に
「他のも見せてもらったら」と、さりげなく促さなければならない。
商品に付いているひらひらしたタグを必死に凝視する。
わたしは、動体視力は悪い方ではないが・・・

妻 :「他の色もありますか?」

店員:「ございます。え~、このモカと、あとオレンジの在庫があったと
   思います。すぐにお持ちします。」

わざわざ取りに行くな! 買えるかどうかわからないだろ! 先に値札だ!

店員がオレンジを持って帰ってきた。

店員:「この色マンダリンと言ってるんですが、これもきれいですよ!」

妻 :「オレンジもいいね。」と妻。

娘 :「こっちがいい!」

妻 :「やっぱり長持ちするからね。お父さんこれでいい?」

いきなり聞くな! 値段はどうした? と思いつつ・・・

わたし:「気にいったんやったらええんとちがう。」

誰がしゃべってるんだ! オレか?
いやっ、しゃべらされているのだ。この店構え、分厚い絨毯、薄暗い店内に。
きっと、これは
催眠商法・・・なわけないか?
口が勝手にしゃべり続ける・・・

わたし:「このカード使えますか?」

わたしのカードはJCBである。
こういう店では、ダイナースかAMEXしか使えないかもしれない。

店員:「ご利用いただけます。ありがとうございます。」

妻が、持っていた鞄からおもむろにカタログを取り出した。

妻 :「やっぱり思ってたとおり。在庫があってよかった。」

はじめから決まっていたのか? 値段もわかっていたなら早く教えろ!

わたし:「気に入ったのがあってよかったね。」

2017年8月
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