花鳥園

3日は、家族で神戸花鳥園へ。

鳥ぎらいの娘(小2)も、不自然なほどヒト慣れした鳥たちとの
ふれあいで、帰りには「また来たい!」

こういう施設は賛否両論あるんでしょうが・・・

まあ、とにかく楽しい一日でした。

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金魚たち

キャンディが逝ってしまった。

七夕の日にやってきたばかりの金魚たちが、白点病で次々に
死んでしまい、スウィートとキャンディも白点病にやられて
しまったのか一時元気がなかった。
妻が、水を半分替え、メチレンブルーを入れて3日ほどする
と元気になってきたので、ほっとしていたところだった。

昨日、妻が水槽をきれいにするために、スウィートとキャン
ディ、それに新入で唯一生き残ったハニーの3匹にひと晩だ
けバケツにお引っ越ししてもらった。

今朝見たときは、狭いバケツの中で、みんな元気に泳いでい
たが、妻が娘を幼稚園に送ろうと玄関に出たところで、
キャンディがバケツの外に飛び出して死んでいるのに気付い
たらしい。

からだは大きいが、我が家にやってきたときから片目がつぶ
れ、ほんの少し傾きかげんに泳ぐスウィートと、
からだは小さくてすばしこいが、エサはいつもスウィートの
後に遠慮がちに、しかししっかりと食べていたキャンディは、
この半年間、いつも夫婦のように仲睦まじく、2匹には少々
大きすぎる水槽の中で平和に泳ぎ回っていた。

2匹は、わたしが朝出勤するときも、夜帰宅するときも、いつも

  「エサくれ~!」

と水槽から飛び出さんばかりにからだを思い切り揺さぶるの
で、朝晩のエサやりがわたしの日課になってしまっていた。

金魚とはいえ、毎日頼りにされると本当に可愛いもので、
じっ見ていると何もかも忘れて本当に「癒される」存在で
あった。

妻によると、キャンディが死んでしまった後、スウィートは、
狭いバケツの中で、一生懸命キャンディを探していた(よう
に見えた)らしい。
死んだキャンディだけでなく、スウィートにも申し訳ないこと
をしてしまった。

わずかな期間であったが、
身近な生き物との別れはやはりつらい。

残ったスウィートとハニーには、
いつまでも長生きしてほしい。

金魚が我が家にやってきた!2

我が家の金魚の水槽に新しい仲間が加わった。
地元の市主催の七夕祭に出ていた金魚すくいで、娘は一匹もすく
えなかったが、露天のオバチャンは小さな金魚を4匹も袋に入れ
てくれた。

家に持って帰り、妻は洗面器に水を張って4匹をその中に移した。
毎日スウィートとキャンディにやっている金魚用の小さなエサを、
さらに細かく分けてやると、4匹はおそるおそる食べた。
慣れてくると、調子に乗って食べまくるようになった。

この4匹を、スウィートとキャンディがいる水槽に一緒に入れて
いいものか迷った。
昨年11月に幼稚園のバザー会場で貰ってきたスウィートとキャ
ンディはかなり大きく育っているので、新参者の小さな4匹がい
じめられないかと心配だった。

一緒にしてみると、落ち着かないのはスウィートとキャンディの
方で、4匹は意外に落ち着いて見えた。

スウィートとキャンディは、2匹の生活に慣れてしまっていて、
突然の来訪者に驚いているのだろうか。
4匹は、ついさっきまで、大きいのから小さいのまで何十匹もい
る水槽にいたから、これくらいのことは大したことではないのだ
ろうか。

娘とお風呂に入りながら、
わたし: 名前はどうするの?
娘  : ハニーデビルとクリクリちゃんとシャンプー。
わたし: もう一匹いるから、ハニーデビルじゃなくて、ハニー
     ちゃんとデビルちゃんに分けようか。
      でも、デビルちゃんだと悪魔だから可愛そうかな。
      リンスちゃんがいいかな?
娘  : リンスちゃんにしよ。
     ハニーちゃんとクリクリちゃんとシャンプーとリンス。

風呂から二人の会話が部屋まで聞こえたのか妻が言った。

「名前を付けるのはいいけど、全然見分けがつかないんですけど」

スウィートとキャンディが来た後、しばらく大変な日々が続いた。

妻の金魚たちとの格闘がまた始まる・・・・

金魚に悪戦苦闘

我が家に金魚がやってきて2ヶ月余り

「自分でちゃんと飼う!」と言っていた娘は、水槽の前で、

  「おはよう!」、「行ってきます!」、「ただいま!」、「おやすみ!」

と一日4回挨拶をするだけで面倒を見ている気分になっている。

もともと、長生きは期待していないが、できるだけのことはしてやろうと、
妻は本を買い、ヒーターを付け、玄関は少し暗いのでランプも付け、コー
ナン(ホームセンター)のペット売り場の担当者に話を聞いて勉強した。

「金魚とはこんなに元気なものなのか」と思われるほどの元気であった。
お腹がすくと、ヒトを見る度に3匹が全身を揺すって

「早くメシ!」

と催促する。

ところが、1週間ほど前に3匹ともに、急に元気がなくなり、息苦しそうに
水面で口をパクパクさせはじめた。
針で突かれたように右に左に飛び跳ねたり、底の方でじっと動かなかったり
することもある。

火曜日の朝、わたしが出勤の支度をしていると娘が起きてきて、
「コットンが死んじゃった。スウィートが追いかけ回してたからかな。」
と、泣き声で報告してくれた。

娘は、幼稚園のお友達の金魚が次々に死んでいく中、我が家の金魚が元気
でいることが自慢だったが、自分の金魚の死に直面し狼狽したようである。

やはり、小動物は弱いな、とその時は他の2匹のこともあきらめかけた。

原因は「白点病」で、金魚や熱帯魚ではよくあることらしい。
妻は、コーナンの担当者のアドバイスを受けて水を交換し、塩と薬(メチレ
ンブルー)を入れた。

薬の効果があったのか、スウィートとキャンディはなんとか持ち堪え、二日
前からは一番小さいキャンディがエサを食べるまでに回復した。

スウィートは、からだを横たえた弱々しい姿のままこの数日を過ごしている
が、少量ながら昨日からエサを食べるようになった。

ネットで調べると、白点虫は25度以上の高水温では、繁殖しないような
ので、今日は朝から妻が家で水槽の水の交換、薬品の追加をしている間に、
わたしがコーナンに行って、水温調節ができるヒーターを買ってきた。

昼過ぎになって、娘は、

「Aちゃんもお腹がすいて死にそうだけど、
       スウィートも頑張ってるからガマンする!」

と、のんきなことを言いながら、クリスマスにおじいちゃんが買ってくれた
「たまごっち」を一生懸命育てている。

親が必死になって金魚の救出作戦にあたっていることは理解しているようだ。

「たまごっち」も面倒を見ないと死んでしまうらしいので、どうでもいいと
は言わないが、
 ~ゲームや買物、トイレや歯磨きまであって、
      おまけにネットで遊べたりできて、結構楽しい~

とにかく娘には幼いうちから生命の大切さを学んでほしい、と思いながら、
(娘を)育てているつもりだが、わかっているのかどうか・・・

金魚が我が家にやってきた!

「お父さん、金魚飼ってもいい?」
携帯電話の向こうから、5歳の娘が涙声で訴えかけてきた。

先週の「文化の日」、幼稚園主催の催事(バザー)があり、金魚すくい
の残り物の金魚を帰宅する園児達に配ったようだ。

朝、妻は娘を送り出す時に「金魚すくいの金魚はすぐに死んじゃうから
持って帰ってきたらダメよ」と言い聞かせておいた。
しかし、いざ、現物を目の前に、しかも他の園児達が嬉しそうに持って
帰るのを見れば、欲しくなるのも仕方ない。

幼稚園に娘を迎えに行った妻は、そんな娘を見て、「お父さんに飼って
もいいか聞いてごらん」と言って、電話してきたのだった。

「(エサをやらなくてはいけないから)ディズニーランドにも行けないよ」
と言ったが、どうしても欲しいと言う。

「ちゃんと育てられるなら」という条件で持ち帰ることになった。

早速、近所のホームセンターで、ろ過装置付きの水槽とエサ、敷砂、
水草を買い揃え、玄関の下駄箱の上に据えた。
娘は、その3匹の金魚に大きなものから順に「スウィート」、「コットン」、
「キャンディ」と名付けた。

エサは、金魚用のものを買ってきたにも関わらす、小さな金魚たちに
は大きすぎたようで、妻がエサを水でふやかした後、割り箸で半分に
して水槽に入れてやると、ちょうど加減がいいようだ。

はじめは、我々が水槽を覗いても、何知らぬ顔でいた金魚たちも、
10日程たった今では、我々が覗き込むとエサをもらえると思ってか、
こちらに近寄ってくるようになった。

今の時期、寒さには強くないようなので、ペットボトルにぬるいお湯を
入れて水槽につけてやると、スッと近くに寄ってくる。
今度は、ヒーターを入れてやらないといけないようだ。

食用でも、何の実用でもない他の生き物を「飼う」というのは、人間
特有の文化である。

ひとり暮らしの老人や精神的な安らぎを求めるヒトには、ペットを飼
うことが効果的であると聞くが、これとて人間の勝手な都合である。

とはいえ、愛着を持ち、自分の側で大切に育てたいと思う気持ちは、
子どもも大人も変わりない。

ただ単に、かわいいと思うだけで、金魚や獲ってきた虫たちを飼い始め、
ろくに面倒も見ずに、すぐに死なせてしまうことだけは、絶対に慎まなけ
ればいけない。
飼い始めた次の日に死んでも、何とも思わない子どもが多いが、それは
明らかに親の影響である。
いくら「命の大切さ」を親が子どもに教えても、親自身が本当に「真剣に」
育てている姿を見たことのない子どもが「真剣に」金魚や虫を育てられる
ばずかない

生き物の命を粗末にしてはいけないと、簡単に金魚を飼うことに反対
していたが、敢えてそれを飼うことで、生命の守ることの難しさ、生命
の儚(はかな)さを娘に学んでもらいたいと思う。

ありがとうポン吉

ポン吉、さっき亡くなりました。帰ってくるのを待ってた
みたいで、頭をなでてやったらゴロゴロ言って頭あげて・・・
お別れ言うみたいに3回鳴いて逝っちゃった」

妻からのメールだった。
彼は、妻が外出から戻ってくるのを待っていたようだった。

飼い猫であったが、もともと野良猫だったので家の中には入れなかった。
逝く前の日は、全くエサを受け付けず、歩くのが精一杯だった。
その晩は、天井が開いた段ボール箱に彼を入れ、はじめて玄関の中に
入れてやった。

妻と娘とわたしが、箱の上から覗くと、横になっていた彼は、からだを
まっすぐ立て直してうずくまり、安心したように目を瞑った。
次の日の朝、わたしが仕事に出かける時は、まだ眠っていた。

ひとつ大きな不安があった。
5歳の娘が、ポン吉の死を受け入れられるかどうか、であった。
ポン吉は、娘が生まれた時にはすでに我が家にいて、娘にとっては、
当たり前の存在であり、家族の一員であった。

生き物の「死」というものを理解するには、幼すぎるようにも思った。
「どこかへ逃げちゃった」と誤魔化すことは簡単だが、それでよいのか?
迫る現実に、どうやって教えればよいのか迷った。

逝く前の日に、妻は娘に話をした。
「ポンちゃん、もうすぐいなくなってお星さまになっちゃうの。
お星さまになるためには、お空に行かなくちゃいけないから、
煙になってお空に上がっていくの。」
ポン吉はまだ生きていたが、その日、妻と娘は半日一緒に泣いた。

次の日、娘は、ポン吉の死を冷静に受け止めたように見えた。
泣きながら、ポン吉が無事お空へ辿(たど)り着けるかどうか心配した。
妻もわたしも、これなら火葬場に連れて行っても大丈夫だと自信を持った。

 以前のわたしなら、ペットの葬儀など思いも寄らなかった。
 「死の恐怖を知らないであろう」動物のために葬儀を行うことは、
 人間の自己満足に過ぎないことはわかっているが、自己のある一部
 を確実に占めていた身近な動物の死は、やはり、そのヒトの人生に
 多かれ少なかれ影響を与えるものであり、何らかのケジメをつけて
 おくことが必要だと思った。
 だから、何の迷いもなく、動物霊園で火葬してもらうことにした。

妻は、ポン吉の入った段ボール箱の底に柔らかい布を敷き直し、
ベージュの小さな毛布を掛けてやった。
貰いものではあるが、4年間大切に育て、毎年花を咲かせていた胡蝶蘭の
大きな花びらを毛布の上に敷き詰め、雨の中、車で霊園に向かった。

葬儀は、人間のそれの簡略版のようなものであった。
花の絵がいっぱい描かれた上品な紙製の小さな棺箱に入れられたポン吉に
最後のお別れをした。
棺には、娘が書いた手紙を入れた。
 「ポンちゃん おうちにきてくれてありがとう」
ふたを閉め、娘とわたしが棺を半分ずつ持って隣の火葬する部屋に運んだ。

そして、外に出て、煙突から出る煙を見ながら、ポン吉が空に上がって
いくのを確認した。

娘は、その後、何度も
「もうお空に着いたかな?」
「お星さまになる準備してるかな?」
と聞いた。

その日、娘は、ポン吉のことを思い出すたびに、その悲しみをどう処理
したらよいかわからず、ティッシュペーパーを握りながら声を出さない
ように必死に涙をこらえていた。
気丈夫な子だと感心した。

ポン吉が亡くなって、ひとつ意外なことがわかった。
同居しているわたしの母は、ただ一人、ポン吉のことを
「近所に迷惑」、「汚い」、「臭い」なとど嫌っていたのであるが、
彼の納骨には「一緒に行きたい」と言いだした。

実は、毎日、母はまだ誰も起きていない早朝、玄関の外にある
郵便受けに新聞を取りに行くのだが、ポン吉は、そんな母にも、
毎回必ず、すり寄っていたらしい。

母は、そんな彼に、毎日一言話しかけていたらしく、その話し相手が
いなくなってしまっことを悲しんでいるようだった。

この9年間、外出して帰ってくると、必ず道路まで飛び出してきて
迎えてくれた。車で帰ってくる時も同じだった。

車を車庫に入れる時、彼を轢(ひ)かないように、バックミラーに映る
彼の姿を探す癖は、妻もわたしも当分直りそうにない。

我が家の野良猫

「動物を飼う」というのは、人間特有のものらしい。
昔は「狩り」や「家畜」など実用的な目的が主流であったのだろうが、
現代では、ペットとして「飼う」ことも、いろいろな意味で「実用的」と
言えるような気がする。

我が家も、「ポン吉」という名のトラ縞模様の「野良猫」を飼っている。
飼っているが「野良猫」である。
だから、昼間は勝手に近所を彷徨(うろつ)きまわり、帰ってきても
家の中にはいれない。

9年前に我が家を建て替えたとき、理由あって完成から入居まで2ヶ月ほど
空き家状態になった。
彼はその間に、我が家の敷地を縄張りにしたらしく、我々が入居したときに
は、うさん臭そうに、よそ者を見る目で我々を迎えた。
入居後も敷地から出て行く気配を見せず、我々も彼を邪魔者扱いしなかった。

猫好きの妻が彼を放っておくわけもなく、わたしが知らない間に餌付けして
しまった。
それではと、近くのホームセンターでサイコロ型の整理棚を買ってきて、
ノコギリで加工し、その中に半分に切った段ボール箱を入れて、底に
カーペットを敷いた「猫小屋」を作った。
それを2畳分ほどの小さなウッドデッキの上に置いてやると、
一部始終を見ていた彼は、完成するや、我々の見ている前で、悠々と
その猫小屋に入り、以来9年間、ずっとそこで暮らしている。

そんな自己中心的な猫であるが、5歳の娘をはじめ我が家の家族全員を
「主人」と認識し、誰かが外出して帰ってくると、家の前の道路まで
出てきて迎えてくれる。

昼間は、玄関前に止めてある車のボンネットの上に、ちょこんとうずくまり、
道行く人たちを静かに見送る姿が、何とも平和で可愛らしく、近所の子ども達
からは絶大な人気を博している。

しかし、「野良猫」であるから、その悪行も数知れず、近所の家の庭をトイレ
にしたりするのはまだいい方で、先日などは隣家に上がり込んで、夜遅く
帰ってくる息子さんのために用意してあった食事を食い散らかすといった
とんでもないこともやらかす。

  近所では犬や猫を飼っている家庭が多く、その習性をよく知って
  いるので、皆おおらかに見てくれるので助かっている。
  もちろん、「食い散らかし事件」現場の隣家には、すき焼き用牛肉
  を買ってお詫びに行ったことは言うまでもない。

また、数年前までは、
  近所の猫と喧嘩して血まみれになって帰ってきたり、
  口内炎で餌を食べられなくなって、動物病院へ連れて行ったり、
  お腹をこわして先生に往診に来てもらったり、
  今でも毎日薬を細かく砕いて餌に混ぜて与えたり、
と、結構手間がかかる。(すべて妻が面倒を見ている。)
動物病院の先生は、妻の野良猫に対する「献身的?」な世話を見て感心し、
往診してくれた時でも、一度も「往診(出張)料金」を取ったことがない。

その「ポン吉」が、最近急激に痩(や)せこけ、元気がない。
もう12歳(我が家に来た時、先生の話では3歳だった)だから、
普通の野良猫の2~3倍は長生きしている勘定になる。
歩くのもヨタヨタした感じで、この先長くないのがはっきりわかる。

娘にとって、「ポン吉」は、生まれた時からずっと我が家(の外)にいて、
毎朝、玄関の戸を開けると、ニャ~といいながらそばに寄ってくる家族の
ようなものである。

彼がいなくなってしまった時、娘がどういう反応をするのか気がかりである。

2017年11月
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