貧乏性

真冬から一気に花真っ盛り。

例年、季節ごとに少しずつ取り替えていく我が家の壁に掛かる絵を、
今年は一斉に取り替えた。(と言っても5~6枚)
やはり、桜が入った絵が多い。

春の絵は、他の季節よりも数が多く、どれにしようかと迷ったあげくに、
結局、毎年同じ絵を飾ることになることが多い。

妻や娘のリクエストに応えるようにすると、同じ絵になってしまうという
こともあるが、それは半分くらいで、残りはわたしが勝手に決めている。

実は、わたしが毎年選ぶ絵は、一番のお気に入りではなく、大概が2番
手である。

飾らない絵は、気に入らないからではなく、明るい光線に晒すことで、絵
を傷めてしまわないかと心配で飾れない一番のお気に入りである。

昨年の暮れ、数年前に散々考えたあげくに買わなかったリトグラフを購入
した。
~月夜の晩、光に浮かび上がるしだれ桜の枝に少女が腰掛け笛を吹いている~

今飾らないと、来年の春まで飾ることができないのはわかっているが、案
の定、選から漏れてしまっている。

次の土、日には、桜の見頃を迎える。

年がら年中、特等席の壁に掛かっている妻のお気に入りのデュフィ(ポスター)
が、色焼けしてしまって、そろそろ取り替えの時期になっているので・・・
今度の土曜日、その中身の取り替えの合間に
 ~アメリカからネットで取り寄せ筒に丸めてある1枚を平たく伸ばす間~
1週間だけでも、その特等席にリトグラフを飾らせてもらおうと思っている。

贈る気持ち

職場の同僚に女の子が生まれたというので、出産祝いを探した。

わたしの場合、贈り物は、相手からリクエストがない限り、「絵」に
することが多い。
お祝いには、それに相応しい実用的な贈り物もあるが、他の人が
同じようなものを贈ってしまうこともある。
だから、と言うわけではないが、基本的に、
  「なくても良いが、あればそれなりに使ってもらえそうなもの」
がいいのではないか、と勝手に思っている。

「絵」には、人によって「好み」があるので、贈ってもゴミ扱いされる
確率は高いが、それは相手のことを考え抜いた結果決めたものと
比べても、五十歩百歩ではないかと思っている。
(もちろん、相手のことをよ~く知っている場合はそうでもない。)

わたしにとって、「絵」は、
   何枚あってもいいものだし、
   贈り手である自分が気に入り、
   相手も気に入ってくれるであろう、
「贈り物」なのである。(別に「絵」でなくても同じであるが・・・)

数年前までは、「藤城清治」のダイヤモンドスクリーニング(版画の
一種)が定番であったが、最近はキャンバス・ジクレーなどの高価
なものばかりで手が出ない。

百貨店や近くの絵画・画材店などでもいろいろ探したが、手頃なも
のが見つからない。

ネットでもいろいろ探してみたが・・・

やはり「現物を見るのが一番」と思い、
土曜日、幼稚園のひな祭り発表会で使う浴衣の製作で忙しい妻を
家に残し、6歳の娘を連れて電車で京都の「寺町」まで出かけた。

ここには、昔ほどではないが、アートギャラリーや画材店がいくつか
並んでいる。

アート&画材店のYは、この辺りでは、一番たくさん手頃な価格の版
画が見られるところで、仕事が早く終わった時に、たまに立ち寄ったり
する。

娘が、「雨田光弘」の動物の絵を描いたポストカードに夢中になってい
る間に、店員に目的を告げ、一緒に選んでもらった。

一番の候補と期待していた「渡辺あきお」の新作も数枚あり、その中か
ら選ぼうと思うが、今ひとつ気に入らない。

娘にも相談したが、らちがあかない。

渡辺あきおの横に「はりたつお」の絵があり、そちらが気になった。

「はり」氏のことはそれまで全く知らなかった。

どれも男の子が楽器を弾いている絵である。

店員に、氏の他の作品がないかと尋ねると、店の奥の事務室にある
パソコンの前に案内され、ネットで他の作品を見せてくれた。

その中に1枚だけ、女の子が楽器を弾く絵を見つけた。

娘も、それが「かわいい」と言ってくれたので、在庫を確認してもらった。

土曜日であったが運良く確認でき、取り寄せてもらうことにした。

やっと胸のつかえがとれ、
    「自己満足」感
が満たされた瞬間であった。

最後の日

今日で我がK町とはお別れである。
明日、我が町の北と東にあるふたつの隣町と合併し、K市となる。

夕方近くになって、今日がK町最後の日となることを思い出した。
ここが、K町であった証(あかし)を少しでも自分で残したくて、
カメラ片手にブラブラと町内に散歩に出かけた。

JRの最寄り駅に通じる道路が、完成間近になり、今日は休日で
工事もしていなかったので歩いてみた。
たんぼと畑と山を切り開いて作られた、誰もいない道路を1キロ
ほど歩くと、我が家のある山裏へ通じている。
便利になる反面、おおらかな田舎暮らしに憧れて移り住んできた
わたしにとっては、できれば我が家の近くは、ずっとこのままで
あって欲しいと思うがそうもいかないらしい。

最寄りのJRのK駅も、新市誕生にあわせるかのように新駅舎が
ほぼ完成に近い。
毎日利用している今の平屋の小さな駅舎は、時代を感じさせるよ
うな重々しさは全くなく、なんとなく気持ちをほっとさせてくれるの
で気に入っている。この駅舎が利用できなくなるのは寂しい。

新駅舎は、エスカレーターやエレベーターまで付いて、駅前にあ
る病院に通う人たちにも優しい配慮が行き届いているそうなので、
住民からはきっと喜ばれるだろう。
ただ、帰宅時に、いつも改札口前のベンチで丸くなっている猫
 ~駅の利用者に頭を撫でてもらったりして居心地が良さそう~
は、どうなるのだろうかと心配だ。

ここの町の人々は、本当に優しい人が多いのか、駅や周辺に野良
猫がたくさんいるが、どの猫も人を恐れず、また、人々も猫を追い
払おうともしないから、また、居心地のいい場所を見つけてうまくや
っていけるだろう。

区画整理が進む駅周辺を写真に撮って、K町役場に向かった。
役場では、休日にもかかわらず、多くの職員の人たちが出勤し、明
日からの新市のスタート準備に忙しそうであった。

「K町役場」の看板を写真に残しておきたかったが、もう取り外さ
れていて、時既に遅し、であった。

日の入り近くになり、我が家のある山 ~というよりは「丘」と言っ
た方がいいかもしれない~ の頂上まで急いで駆け上がると、西
の空を真っ赤に染めながら遠くの山に太陽が沈むところだった。

K町の最後の日に相応しい本当にきれいな日の入であった。

2017年8月
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